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大泉学園の由来と歴史 |

旧大泉学園駅北口

今の大泉学園北口
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【大泉学園】
『大泉学園』、練馬区最大の街面積、西武池袋線で池袋に次いで乗降人員が多く、駅前『ゆめりあ』の間から、通る街のメイン通り『学園通り(通称・桜並木通り』を中心とした碁盤目状に広がる町並み。
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お上からの一声で。 |
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昔々、時は明治24年、現在の東大泉地区にあった三つの村『小榑(こぐれ)村』、『橋戸』、『上土支田』が合併。
そこで新しい村名を決める為、さまざまな案を出し合った所、『戸博田』どうだろうとなったのですが。当時一番小さな村、橋戸の「戸」が一番上につくのはおかしいと意見がでて大混乱
になってしまいました。
そこへ当時の大泉小学校校長「関根雅楽蔵氏」から、鶴の一声、『この村々はどれも井頭池を水源とする小井戸川をはさんだ村、わき水の絶えることがないよう、村がますます発展していくことを祈る意味で、
一番大きい小榑の「小」と井頭の泉の「泉」をとり、「小泉」と書いて「おいずみ」とはどうか』と。
村民満場一致で「小泉(おいずみ)」全員円満解決となった次第なのですが…。
ある日、東京府の役人がやって来まして、
「うん、読み難い、何だか分り難い。」と一蹴。
「間違えやすいから、小泉より、大泉!!」と…。
そんなこんなで、いわれるがまま『大泉』に決定してしまいました。
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大泉学園駅南口

南口の駅前ロータリー

学園通り(通称・桜並木通り)
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なぜ大泉学園? |
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平成14年に駅間の再開発が完了しました。

南口 『ゆめりあ2フェンテ』と北口『ゆめりあタワー』

『ゆめりあ2フェンテ』南口、ロータリー側から |
又も、昔々、時は大正13年、大泉地区を走る現在の西武線の駅を「東大泉」と命名。
しかしその後、駅名を現在の『大泉学園』に改めました。
実は、この駅名に、知略、策略、大泉村の英知を賭けて命名した意味がありました。
その策略とは、東京商大本科(現・一橋大学)を誘致して、村にドーンと学園都市でも作ってやるかいという企てがあったのです。
『大泉学園』う〜ん名前の響きは良いし、これで好感度アップも間違いなし。
さあ、ここから『大泉学園』の新たな歴史を刻んでいくぞ、皆もが期待に胸を膨らませていました、が…。
東京商大の教授たちは皆、こう主張。
「僕たち中央線沿線がいい」
残念ながら大学の誘致は夢物語に、その後もこの地に進出してくる学校はなく、先行投資した地区名だけが残る、詰めの甘い結果となってしまいました。
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置き土産もあります。 |
当時の計画に参加していた箱根土地は、一大学園都市を計画し、街を碁盤目のように開発整備しました。
おかげで、東京23区内でも類を見ない、碁盤目状の整備された、綺麗な街並みになっています。
又、旧米軍基地の跡地にある中央公園や、旧別荘地だった環境の良さや、駅北口側の一部同じく、碁盤目状の旧日本軍将校住宅街(高級住宅街)もあります。
学校は無いけど『大泉学園』、東京23区なのに、のどかな雰囲気と、気の良い街の人々が住んでいます。
4月は桜並木通りの桜が満開になり、とても綺麗な街景色になります。
お近くにお寄りの際は桜並木通りから中央公園・樹林公園へ、お花見などはいかがですか。
学園都市の置き土産はなかなか粋なものかと思います。 |

『ゆめりあ1』中にはホール劇場があります。

北口側ロータリーから |
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